22.「犬飼 武、篤子」の比翼歌碑
■所在:龍野公園動物園の上部
■建立:昭和31年陽春
 犬飼 武はの郷里は岡山県高梁である。大正14年関西学院大学を出ると龍野女学校に英語教師として赴任し、約30年間龍野を出なかった。彼は、昭和4年「水甕」に入って尾上柴船に師事し、7年同人になった。43年「水甕」の選者となり、柴舟賞をもらっている。
歌集は、大正11年「吉備川原」、昭和13年龍野で「愛哉(はしきやし)」、昭和34年明石で「小径集」、昭和48年「後夜」を出版している。歌碑の短歌は、昭和28年の御題「船出」に詠進して与選した一首である。
 また、夫人の篤子も「あららぎ」の女流歌人で昭和31年の御題「早春」に与選した作品である。中霞城から碑の前を通って龍野高校へ越す峠で作ったという。武は、昭和51年11月病没した。74歳であった。